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​福岡にて体験会開催

​武術

武とは命をかけた戦いから始まりました。


命をかけるとは、命のやり取り…


それは、つまり「生きるか、死ぬか…」

 


一寸先は「死」…

 


その極限の境地から、いかに「生」を見出すか…

 


そこから生まれたもの

 

生きのこる術(すべ)が武術です。


生きるためには…

 

 

ただ単に筋力やテクニックに頼るだけではいけません。

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格闘技との違い

 

武術と混同されやすい、格闘技というものがあります。


格闘技とは、相手を倒す、相手に勝つことを目的とします。

 

 

相手と競うという「競技」です。​


生きるためではなく、いかに相手に勝つか…

必要に駆られて闘うのではなく、相手に勝つことを求めたもの。

だから格闘技は闘技場で技や力を競う「競技」なのです。

格闘の最中で死んでしまうこともあったと思います。

 

 

しかし基本は負けても次があります。


さらに、競技にはルールというものが加わります。

 

 

ルールがあるということは…

 

 

筋力とテクニックに絞ってトレーニングすることが効果的です。

 


つまり、格闘技は広い意味ではスポーツに含まれます。

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​自分に向かう

 

しかし、武術は負ければ次はありません。

だからこそ、相手を倒す…相手に勝つことを目指しません。

ただただ、生きることに向かうだけ。

つまり相手ではなく、自分の生に向かい合います。

それが武術です。


そして生きるためには身体を最適化させる必要があります。

 

 

そして身体のみならず意識など含めて超合理的に使う必要があります。

 

身体だけでなく人間そのものを最適化させた合理的な身体操作。

 

 

それを、死を目前にして平常心で行う必要があります。


つまり、武術には…


「理にかなった身体(操作)」


「強靭な精神力(不動心)」


この2つを養うことを本当の武術は数千年かけて練磨されてきました。

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​身体と精神の核

 

そして、理にかなった身体と心に必要なものが『芯(しん)』です。


身体の芯…


精神の芯…


これを日本では「丹田」といったり「肚」といったりもします。

 


丹田というもは、身体を解剖してもそのような物質は見つかりません。

 


「丹田に力を入れる」ということを言うことがあります。

 

 

しかし、一般的な「力」という解釈をすると間違いです。

 


まず、そもそも丹田は、誰にでもあるわけではありません。


丹田は、形成して養ってゆくものです。


また丹田は、力を入れるものではありません。


一般的な意味での力をいれると…

 

 

丹田そのものが使えなくなるか壊れてしまいます。


昔の人の「力」というものは筋力的な「力」ではありませんでした。


現代で「身体の力」というと筋力を指します。


しかし、いにしえの人は「力」を身体と心を統合した働きとして捉えていました。


その「力」は、筋力を使いません。

 

 

それどころか、力を抜いて繊細に、自然に動かすという感覚でした。


多くの人には、丹田は大きくて強い方がいいというイメージがあると思います。


しかし、丹田は、より小さくて自由自在に動かせることが大切です。

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​いにしえのヨガ武術

このように、現代では意味の解釈がスポーツ力学や解剖学的になっており意味合いがまったく違ってしまっています。


本来の武術の価値観と、現代のスポーツ的な価値観は180度違います。


ゆえに、そもそも無い人に対して「丹田に力を入れなさい」といっても無意味です。


それどころか、ただただ緊張を生み出し、身体を不安定にさせるだけの結果になる場合があります。


では、身体に丹田がない場合はどうするのか。


つまり、どのように形成すればいいのか。

​じつは、丹田を形成するには軸をつくることが欠かせません。


身体に軸をつくり、それを養い小さな球状にしてゆく。


そのヒントが、伝統的な「型(かた)」というものの中に隠されていました。


現代の「型」の多くは、その軸をつくり球状にするということすら忘れ去られていますが…


古代の武術は、型と実践の稽古を行い、感覚的に軸の作り方や、養い方を身につけてゆきました。


ゆえに、極わずかな特定の人にしか身につけることができませんでした。


それを、ZERO YOGAの武術では、理論と検証実験をかねたメソッドで身につけることができるようになっています。

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ZERO YOGAファウンダー

古代武術の修練

哲学・宗教の研究

会社経営

異なるこの三つの分野を、四苦八苦し…試行錯誤して辿りついた一つのこたえ。

それが「自然との調和」

そして、この「自然との調和」を知識や論理ではなく、理論として…

 

そして誰もが身体で学び、人生で実践できるもとしたZERO YOGA~もう一つのヨガ~というものを創設。

現在は、福岡・熊本・長崎にて学びの場所を展開。

白川紘の実践哲学は『為さずに成す』

​少し偉そうなことを言ってますが…しょせんは未完成なひとりの人間です(笑)

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白 川   紘 (しらかわ こう)