ヨガの起源シリーズ7


【聞きなれないカタカナの応酬(笑)】




前回は…



真理を知らないことを「無明」。



真理にそぐわないことを好むことを「欣求(ゴング)」。



むしろ、真理を忌み嫌うことを「厭(エン)」。



そして、これらの原因である「無明」から解脱することがヨガだというお話でした。



無明から解脱して、心が養われ安定してくることを「サマパッティ」といったりします。



これは散乱心や昏沈心が消えていき、心が静まり、何があっても安定を失わない状態です。



別の言い方で「三昧(ザンマイ)」といったりもします。



このあたりから、また聞きなれない言葉が乱発しますが、覚える必要はありません(汗)



大筋の流れや、意味をわかっていただければ十分です!



こうした、心を養い安定した状態を手に入れるために坐して瞑想(坐禅)、オンアボギャなどというものを重要視しているわけです。



さっそく、聞きなれないカタカナが登場しました…(笑)



この「オンアボギャ」とは呪文の一種です…



オン(?)はヴェーダなどで呪文のはじめに使われた祈祷の言葉。



これを唱えると我(アートマン)に梵(ブラフマン)をインプットできるというような意味です。



またしても見慣れないカタカナ…(笑)



我(アートマン)とは



アートマンが宇宙を創造したと説かれました。



また、アートマンは個人の意識(小我)であるとともに宇宙の法則(大我)であるともされました。



梵(ブラフマン)とは宇宙の法則のことです。



ブラフマンとアートマンが一体になることを求めたり、ブラフマンとアートマンが同一である(梵我一如)とされたりしたのです。



ちなみに、密教では「オン」を唱えれば、この最上の功徳が得られるとされています。



小難しい話はここまでです(笑)



要するに、ZERO YOGA風に言えば、自分と宇宙はつながっているということに気が付くということが大切だということです。



気づくために、自然との調和が必要です。



自然と調和するために、自然体になるというシンプルな構図をZERO YOGAでは示しているわけです。



この自然と調和するための、ひとつの方法としてオンアボギャをいう呪文を唱えることをしていたのです。



真のヨガの目指す先は、大自然(宇宙)との調和です。



「大自然との調和」をひとつの山だとしたら、登山ルートは東西南北どこにでもあるわけです。



もしくは、ヘリコプターで行く方法、車で八合目まで行く方法、初めから徒歩で登方法など、掛け合わせると無限にあります。



こうした方法は手段でしかないわけです。



この手段を、いつの間にか目的にしてしまっている人たちが多くなっているのが現代です。



手段至上主義になり、何のためのヨガなのか迷走している状態です。



手段は、無限にあり、自分に合った方法を選べばいいと思います。



ZERO YOGAの「自然体を創る」というのも一つの手段です。



これに、こだわる必要もありません。



ただ、いまのところ、少なくとも日本人には、とても相性のいい手段だからお伝えしているに過ぎません。



今のところは…



なぜかというと理由は二つ。



シンプルな理論であるということ。



そしてもう一つは…



検証を行うことで。



検証することで、できているか、できていないか誰にも一目瞭然です。



しかし、みんなにとって、もっといい方法があれば、すぐに鞍替えします(笑)



大切なことは自然との調和です。



本質を守るって簡単じゃありませんね…



だから、常に自分の思考や行動を反省し、錆びつかないよう磨き続ける必要があると思います。



白川 紘



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