ヨガの起源シリーズ45

【二つの仏教②】




しばらく間が空いてしまいましたが…




前回のヨガの起源シリーズは…




他力本貫や自力本貫ではなく、必要に応じて適した教えで導く。




依存は良くないけど、かといって自分さえ良ければいいでもない。




他者を救うことで、自分もさらに成長するという循環こそがお釈迦様が伝えたかったこと。




それが、あるときから大乗仏教と小乗仏教(上座仏教)に分裂していったという話でした。




そして、まずお釈迦様が、言葉では伝えることができない真理をマハーカーシャパに伝授したというところから始まりました。




このマハーカーシャパが弟子の中で一番上座の長老になります。




この人を中心にお釈迦様の教えがまとめられていった「三蔵の結集」という会議が行われました。




この会議が3回目すぎたあたりで…




仏典はサンスクリット語で書かれたものと、パーリ語で書かれたものと二種類になりました。





そして紀元前に終わりごろには、サンスクリット語の南方仏教





パーリ語の北方仏教というものにわかれてしまいます。





さらに西暦80年頃には北方仏教の結集が行われ、そこから生じた様々な思想、典籍が吟味され





学問として分類され、また検討されてていきました。





このようにして、次第にお釈迦様の教え、仏説から大乗と小乗というものに分かれていきました。





この大乗や小乗に使われる"乗"という文字の意味は…





乗り物のことです。





この乗り物に人をのせて目的地へ運ぶ。





民衆を悟りの道、救いの道へ運ぶという意味があるわけです。





乗り物という字を当てはめて、仏教理論や仏説を”大乗”や”小乗”といいます。





こうしたものを突き詰めると一乗になります。





唯一の乗り物ということです。





しかし、逆に分かれていくと2乗や3乗、4乗…となります。





お釈迦さまに限らず、キリストや孔子などもそうですが





これらの祖師と呼ばれる人々の多くは、自分を中心にして一宗一派を立てる人ではありません。





誰も、自らを限定するようなことはしていませんでした。





ただただ、応病与薬…





医師が患者を診察し、症状に応じて薬を与え治療するようにしてきただけです。





お釈迦様の場合は、慕って道を求めてくる人々に、個々の状況や理解度に応じて教え導きました。





そこには、自分は何主義で、どんな主張があるといった、自らを限定するようなことはしていませんでした。





ところが、お釈迦様に接し、また教えを聞いた人、





それを伝えようとした人、さらにそれに学ぶ人、





こうして次第に広がる過程で「これが釈迦の教え」「釈迦の説いた真理」と限定されていきました。





これが、派閥というものに分かれていったのです。





そして、はじめに分かれたのが大乗と小乗です。





ここで注意したいのは「大乗はいい、小乗はだめ」といったような考え方ではないということです。





小乗なき大乗は大乗ではありません。





逆に、大乗なき小乗というのも小乗ではなくなります。





大乗と小乗があってはじめて一乗になります。





つまり比べるようなものではなく、同じものをみても見る角度によっての違いでしかないということです。





こうした誤解は、世界中でいつの時代にも起きています。





例えば「二酸化炭素によって温暖化になっている」ということがいわれています。





これだと、二酸化炭素というものが悪い物のようにあつかわれます。





しかし、冷静にみれば、二酸化炭素が無ければ植物が育たたいのです。





二酸化炭素とは2つの酸素と、1つの炭素が結びついたものです。





植物は、二酸化炭素を取り込み、2つの酸素を大気に吐き出します。





そして、炭素は、自分の体を構成する材料にするわけです。





つまり、二酸化炭素の炭素が植物の繊維に変わるわけです。





それを、人間や動物が食するわけです。





こうしてみると、二酸化炭素は人間が生きてゆくうえでなくてはならない必要なものともいえます。





こうして、観る角度によって物事は善悪に分かれてしまいます。





こうした観方は、現代でも多くの人々が行ってしまいがちです。





だからこそ、同じ神様を信じる宗教同士で殺戮を繰り返したりしてきたわけです。





お釈迦様から学んだ人々も、同じように教えに善悪をつけるような視点で捉えてしまったため大乗と小乗とにわかれていったのでしょう。





自分がどのような視点で物事を捉えているのか、どのような偏りがあるのかを知っておくことはとても大事なことだと考えます。





このヨガの起源シリーズでの裏のテーマは「自分の色眼鏡を知る」です。





ヨガを起源とする歴史から、自分の眼鏡の色を知ってもらえたら幸いです。





今回は、ここまでです。





次回は、小乗とはどんなものかを詳しく観ていきたいと思います。





この仏教分裂の話しは、数回にわけてお話していきます。




白川紘

7回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示