ヨガの起源シリーズ40

【お釈迦様の考え方③】




前回のヨガの起源シリーズでは…




お釈迦様がどのようないきさつで「大悟」して…




どのようにして教えを広げるに至ったのか…




そうした内容でした。




しかし教団が次第に大きくなるにつれ従来のバラモンや




その他の教団の指導者たちには脅威と映り始めます。




そこから、今度はお釈迦様に対する猜疑・嫉妬・迫害が起こり始めたのでした。




そこで、今回はお釈迦様に対するやっかみがどのようなものだったか…




そして、その脅威にどのように対処したのかということをみていきたいと思います。




最も有名なのは、提婆達多(ダイバダッタ)という人物




この人は、お釈迦様に従事して出家しますが、お釈迦様を妬みはじめて…その後はことごとく敵対した人です。




また、お釈迦様の甥、母方の叔父だったなど様々な説があり




若いころにヤショダラ姫との結婚をかけてお釈迦様と多種目の競技で戦いやぶれた




そういった話も残っています。




提婆達多は、生まれつき勉強もスポーツも抜群




他の追随を許しませんでした。




また、少し寂しがり屋なところもあり




みんなにかまって欲しい気持ちや人気者になりたい気持ちが強かったようです。




それで、少しでも目立つように、いつも能力を磨きリーダーシップをとっていたといいます。




この提婆達多という人は、釈迦に戒律を整備してより厳しくしようと進言する




しかし聞き入れられませんでした。




お釈迦様に




競技で負け…




ヤショダラ姫を取られ…




先に大悟され…




意見も聞き入れられない…




そうしたことから分派活動を行うようになります。




そしてマガダ国のアジャータシャトル(阿闍世(あじゃせ))をそそのかし




マガタ国王である父王を殺させて王位につかせ




そしてアジャータシャトルを使って釈迦を殺して教団を乗っ取ろうとする。




こうした、妨害や迫害にのお釈迦様は特に対抗するわけでもなく、淡々と教えを広めることに専念します。




そして、提婆達多のスポンサーである阿闍世の母親をお釈迦様が教えによって救います。




その後、阿闍世の母親は、お釈迦様の信者となり、提婆達多はスポンサーを失います。




すべてに失敗して怒り狂った提婆達多は自らの手でお釈迦様を葬ろうとします。




しかし、その過程で自滅して死んでいったと伝えられています。




また、王舎城の王子であった瑠璃王(コーサラ国)もお釈迦様を憎んでいました。




そして、釈迦一族を滅亡させようと非常な攻撃を加えます。




そのころ、カビラ城の釈迦一族は軍事的な力を失っており、滅ぼされるのも時間の問題に。




そこで、弟子の一部や、一族の者がお釈迦様に奮起して、敵を撃退するよう歎願します。




しかし、お釈迦様は深い信念と、独自の哲学に従って、そうした闘いの中に身を投じませんでした。




一族たっての願いも拒否して、いわるゆ生者必滅『平家物語』の冒頭にある…



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祇園精舎の鐘の声


諸行無常の響きあり


沙羅双樹の花の色


盛者必衰の理を顕す


驕れる者久しからず


ただ春の夜の夢の如し


猛き人も遂には滅びぬ


ひとえに風の前の塵に同じ…

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この件が、お釈迦様のこの時の心境を表しています。




そして、結局シャカ族は滅びてしまいます。




お釈迦様は、達観して、いわゆる業というものに徹したわけです。




これは、お釈迦様の信念であり、哲学です。




しかし、実際はかなりの苦悶をしていたということが阿含経をみるとわかります。




非常に苦しみもあったわけですが、それでも信念を貫いたわけです。




お釈迦様も人間です。




完璧で完全無欠の人間など存在しません。




不完全だからこそ人だともいえます。




ただ、信念を貫く過程で、苦悶を乗り越え、人としての強さや器が養われてゆくのだと思います。




そして、その智慧が、未来の苦しむ人々の羅針盤になるように思います。




次回は、さらに深くお釈迦様の哲学にせまっていきたいと思います。






白川紘


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ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。

https://www.zeroyoga.info/blog-1

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