ヨガの起源シリーズ39

【お釈迦様の考え方②】




前回のヨガの起源シリーズは…




お釈迦様の考え方をみていきました。




バラモンの在り方に見え隠れする矛盾に、身をもってお釈迦様は気づいたということでした。




そこから「中道」という考え方が見えてきたのです。




本当の理想とは…




過酷で厳しい修行という遠いところではなく




また、贅沢できらびやかな一部の富を持った人しか届かない生活でもなく




何でもないように思っていた、日常の些細な事の中にたくさん存在していたとお釈迦様は気が付いたわけです。




そして、そのときから従来の因習的な思想、信仰や修行などはパタリとやめたわけです。




それを堕落だと捉えた、お釈迦様の従者たちは去っていったということでした。




そして従者がいなくなったことなど気にも留めず…




独自の思索、独自の修行を始めました。




そうして菩提樹の下で大悟するに至ったのです。




ある意味では、高度な霊感をもって確信に至ったわけです。




この、お釈迦様が大悟した歳は30歳、あるいは35歳とも説があり定かではありません。




しかし30代くらいであったのは、間違いないようです。




儒教の開祖の孔子は「われ十有五にして学に志し、三十にして立つ」




そう言ったといわれています。




これは、お釈迦様といった宗教家や、孔子といった哲学者だけでなく科学者にもいえます。




これまでの常識を覆すような科学的な発明をした科学者…




たとえばアインシュタインなどもその一人でしょう。




そういう意味では30代というのは大事なターニングポイントとなりえる時期なのかもしれません。




孔子的にいえば「三十にして立つ」であって、30代で立てないようではいけないと示唆しているわけです。




しかし、すべての人がそうであるとは限らず、個人差などもあるので「六十の手習い」といっています。




個人差はあれ、おおよそ30代で生き方がみえてきて…60歳ごろまでには板についてこなくてはいけないといっているわけです。




話しが少しそれてしまいましたが、お釈迦様は30代ごろに大悟したわけです。




そのことを耳にした父王は、とても喜んでお釈迦様をカピラ城に迎えました。




そして、お釈迦和様はそこで、出家前の妃であるやショダラをはじめ、一族や家来の教化に努めました。




こうして自分の領地を中心に、中部インド地方のさまざまな人々や教団などに教えを広めてゆきました。




その中でも、大きな功績はカースト制度という厳格な階級制度から民衆を解放したことです。




バラモンのクシャトリアもヴァイシャもスードラも、お釈迦様の教えのもとでは同じ人間として扱われる。




そういった形で、民衆を階級差別という鎖から、多くの人を解放したわけです。




これと似ているのがキリストです。




キリストが生きた時代と土地には、バラモンと同じようなユダヤの階級制度や価値観に縛られた社会がありました。




この時の支配階級も、ある種の堕落した司祭階級だったわけです。




そこに疑問を提起して、解放したのがキリストです。




話しは戻り…




お釈迦様の時代のインドでは社旗的に大きな変化が生じています。




はじめは、人のあるべき姿を追究して、人のために活動してきたバラモンが権威を失います。




そして、その代わりに台頭してきたのが武士階級や産業人階級というバラモンが見下していた人々です。




こうして、いわゆるブルジョア階級が新しく勃興してきたわけです。




ちなみに、日本語では昔は長者と呼んでいました。




こうして国王や長者が強大な社会的実力を持ち始め、お釈迦様の教えに熱心に帰依するようになったのです。




こうした事実は、従来のバラモンや、その他の教団を指導してきた人たちに脅威に映りました。




そこから、お釈迦様に対する猜疑や嫉妬、迫害が発生していったのです。




そこで、そうした変容する環境にどのように対応していったのかをみながらお釈迦様の考えを読み解いていきたいと思います。






白川紘



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ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。

https://www.zeroyoga.info/blog-1

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