ヨガの起源シリーズ38

【お釈迦様の考え方①】

前回のヨガの起源シリーズは… これまでと少々異なる内容を展開しました。 それは、バラモンの修行に対する考え方について個人的な私見でした。 世俗を離れて、人間関係を遮断すれば誰だって修行に打ち込めるでしょう。 しかし、修行の目的が「心囚われず、惑わされない」ということであればこの方法は問題です。 なぜなら… 例えば人との衝突というのは、他者がいるから生じることです。 他者が、いない環境では衝突は生まれない。 しかし、どんなに他者がいない環境で人と衝突しないように練習しても練習になりません。 そうした、そもそもの問題をバラモンの修行は含んでいた… その矛盾に、身をもってお釈迦様は気づきました。 それが「中道」という考え方です。 本当の人の理想は… 過酷で厳しい修行という遠いところではなく また、贅沢できらびやかな一部の富を持った人しか届かない生活でもなく 何でもないように思っていた、日常の些細な事の中にたくさん存在していたとお釈迦様は気が付いたわけです。 そして、仏教というものの輪郭が徐々に形をおびはじめていったのです。 今回は、このお釈迦様という人の出生から悟りに至るまでの話しをつづりたいと思います。 釈迦というのは、お釈迦様の一族(シャカ族)の姓です。 たまに釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)と言ったりします。 この牟尼や仏陀というのは”賢人””悟った人”””神秘的な力を持つ人”といった意味です。 ちなみにキリスト(Jesus Christ)もそうです。 Jesus(ジーザス)というのはヘブライ語のJoshuah(ヨシュア)が変化したもの。 意味は"神の救い""神の恩寵"を表します。 Christ(キリスト)はヘブライ語のMessish(メシア)がギリシャ語化した言い方です。 救世主とは「神の恩寵によって、この世に福音をもたらすもの」 それが転訛して、ジーザス・キリストとなったわけです。 お釈迦様という呼び名も似たようなものです。 話しは戻り、お釈迦様は中部インドの、当時はまだ辺境が開拓されたばかりのカピラ。 そのカピラという土地の領主だったシュドダナの子供でした。 母親は、マヤという名の女性でした。 このマヤというお母さんはお釈迦様が生まれて7日目に亡くなったといわれています。 そこで、シュドダナの第二婦人(マヤの妹)、お釈迦様からみると叔母にあたるプラジャーパティに育てられました。 そして成長する過程で、文武両道において英才教育を受けます。 それだけでなく、瞑想を好んで、常に思索にふけり…解脱に憧れたといいます。 父のシュドダナは王子として明るく華やかに振舞ってほしかったようですが… 暇があれば、沈思黙考して座禅してばかりで、心配されていました。 そこで、早く結婚させようということでヤショダラ姫と結婚させて子どもをもうけさせます。 それでも、瞑想好きの座禅生活はおさまりませんでした。 そしてついに29歳(19歳との説も)のとき、意を決してお城を出ました。 この時のお釈迦様の心境を讃えたのが有名な… 「妻子珍宝及玉位臨命終時不随者」です。 (妻子も、どんな貴重な宝石や王位も、死ぬときには手ばばさなくてはならない) こういう思いを、しみじみと感じてお城を後にしたといわれています。 それから、すぐにバラモンのように林に入って修行したかというとそうではあませんでした。 はじめは、バラモンの名僧、宗教界や社会的に偉い人のところを訪ねて回りました。 このとき、独りで出たのではなく、5人の従者がついていたといわれています。 父のシュドダナが心配してお供をつかせたそうです(笑)…過保護 ただ、同じような例が、達磨大師や塚原卜伝です。 達磨大師というと、何か乞食のような人が飄然と中国に現れたように思われがちです。 しかし、達磨大師もインドの貴族で、多くの従者を連れて堂々と中国に乗り込んだといわれています。 だから、古代中国の梁という王朝の皇帝である武帝は、とても敬意を払って接待したとされています。 また、塚原卜伝(戦国時代の武芸者)も似ており… 塚原土佐守の息子で、多くの家来と、さらに鷹まで連れて諸国を練り歩いたといいます。 話しはもどりますが、お釈迦様もこのように、問答しながら教えを受けてまわったのです。 また、問答しながら教えを受けて回るという意味では… ギリシャの哲人プラトンや、儒教の生みの親の孔子にも似ています。 地域は違えど、ほぼ同世代の三人ですから共通点があったのかもしれません。 ちなみに、こうした教えを受け問答しながら旅をすることを禅の言葉で「遍参」といいます。 そういう遍参をしながら、瞑想などの苦行修行も行ったようです。 しかし、厳しい苦行の中には解脱の答えが見つかりませんでした。 そのとき、骨と皮だけの姿になっており、人里におりてミルクを村娘のスジャータからもらいます。 それにで、初めて目が覚めて求めていた答えにたどり着きました。 普通のミルクの中に、有難さや美味しさといった感謝の気持ちが詰まっていることに… そして、今までそうした価値を見落としていたことに… それで、釈迦は人里におりて生活することにしたのです。 しかし、従者たちは「お釈迦様がとうとう修行をやめてしまった、堕落してしまった」と思い去ってゆきました。 そんなこともお構いなしに、気づきを深めるために独自の思索という修行をはじめて行くのでした。 次回は、この独自の修行と、そこからお釈迦様がたどり着いたものをみていきたいと思います。 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」 お釈迦様という人の歴史を知ることで、皆さんの生きる知恵のヒントを学んでもらえたらと思います。 白川紘 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。 https://www.zeroyoga.info/blog-1 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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