ヨガの起源シリーズ33



【人生にとって大切なあり方】





前回は仏教の徳目にある「六度(ろくど)」というものをみていきました。




六度に「智慧」に至るための在り方が説かれています。




その在り方とは…



「布施」

分かち合う


「持戒」

反省する


「精進」

感謝する


「忍辱」

忍耐する




というものでした。



これによって「禅定」に入ることができ…




「智慧」に至るという教えが「六度」でした。




ヨガでは「智慧」のことを神通力といいます。




ここで大事なことは「理論と実践」です。




思考する「哲学」と、行動する「修行」をあわせもっていることです。




これこそが、本当の「文武両道」というものです。




思考することは大切ですが、そればかりでは頭でっかちになります。




そうなると現実を無視した行動や言動をとってしまいます。




または、考えすぎて行動ができなくなってしまうでしょう。




逆に、行動することも同じ…




行動だけしかしないと、物事の判断が、すべて自分の経験則になります。




自分だけの数十年という短くて狭くて小さい視点でしか物事をみられなくなるわけです。




つまり思考と行動のどちらが欠けてもいけないのです。




そして、どちらが良い悪いでもなく二つでひとつだということです。




根本的な考え方をもって学ばなくてはヨガも仏教も真実は観えてきません。




そして真実が観えてくると…




ヨガでも…仏教でも…老荘でも…儒教でも…自然と連なりが観えてきます。




これを「真諦」「要諦」を会得するといいます。




こうした深くて大きな思想精神の流れが観えてこないと本当の学問にはなりません。




この流れをつかんでくると禅というものがどういうものなのか観えてきます。




この流れをつかまずに、いきなり禅に飛び込むことを「外道禅」「野狐禅」などいったりします。




禅に入る前には、根源に遡って、頭を整理して、心を深めてゆく必要があります。




これまでのヨガの起源シリーズの歴史をまとめると…




アーリア民族が紀元前1500年以上も前にインドに入って…




インドの偉大な自然に感動して、大自然の神秘な神業に畏怖してヴェーダを生みます。




そこからウパニシャッドを生み、次第に独特な哲学や社会を形成していきました。




そうして誕生したのがヨガでした。




さらに、仏教というものも連なっています。




仏教というのはお釈迦様がゼロからつくったものではありません。




インドの歴史や伝統を土台にして誕生したものです。




つまりヨガから禅というものに連なっているわけです。




禅の先駆けがヨガともいえます。




この禅の先駆けのヨガにおける大事なところの一つは"内観"です。




そこでヨギ…ヨガを行う人々が考えたことが「心を観じる」ということです。




心を観じたことで、心には3つの性質があるとつかみました。




一つ目が…




心の中には、心が明るく、弾み、歓喜を生じるような軽快な心の動き




これをサッタや菩提サッタといいます。




2つ目が…




心が落ち着かなく、散乱し、疲労させる働き




これをラジャといいます。




3つ目が…




心を重たくさせ、無気力に、そして暗くする働き




これをタマといいます。




心にはこうした3つの性質があると感じ取ったのです。




この3つの性質に基づき、5つの心を立てました。




それが…



1「散乱心(さんらんしん)」

心が散らばってまとまらない様



2「昏沈心(こんちんしん)」

心が滅入り暗くなる様



3「不定心(ふじょうしん)」

不安定な心の様



4「一心(いっしん)」

心を何か一つに打ち込む様



5「禅心(ぜんしん)」

環境と心が一致し無念無想になる様




この辺りから禅という概念がでてきたのです。




禅という概念や言葉は、禅の開祖とされる達磨大師がつくったものではなかったわけです。




ヨガの時代…原始仏教の時代からすでにあったものでした。




この脈々と続くながれでも「原因と結果の法則」がみえてくると思います。




アーリア民族の信仰という原因があり…ヴェーダという結果が生まれ




ヴェーダが原因となり…ウパニシャッドという結果が生まれ




ウパニシャッドが原因となり…ヨガという結果が生まれ




ヨガが原因で…禅という結果が生じたわけです。




こうしてみると、原因というものは、実はそれよりも前にある何かの結果でしかないということです。




そして結果というものは、次の原因になってゆくわけです。




原因を追究することは思考を深くすることにおいては大切です。




しかし、それだけでなく現在という過去の行いからでてきた結果は未来の原因になることを疎かにしてはいけません。




現在というものが未来の結果になるのであれば、現在を善いものにする努力をすることで、未来が善い結果としてあらわれるのです。




原因を追究することは「思考」です。




そして結果を善きものにするのは「行動」だということです。




ここでも「文武両道」に帰結しました。




人生を拓き、豊かにするためには「思考と行動」を一つのものにする必要があると考えます。




日本の未来…そして世界の未来が美しいものでありますように…。





白川紘

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