ヨガの起源シリーズ26

【自然(宇宙)との調和《正定》】




前回は…



「正念」というものが、



今という刹那の時間、一瞬にして通り過ぎる時間を捉えること。



つまり、それは…



「真剣に自分と向き合う」




「真剣に自分の人生を歩む」




ということだとみていきました。




そして、いよいよ八正道の最後の課題ともいえる「正定(しょうじょう)」です。




この「正定」とは、「正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念」の集大成ともいえるものです。




目で見るのではなく→心で観て

(ヨガの起源シリーズ16)




頭で考えず→心で考え

(ヨガの起源シリーズ17)




意図して語るのでなく→心で語り

(ヨガの起源シリーズ18)




頭で行動せず→心で行動し

(ヨガの起源シリーズ21)




闇雲に生きるではなく→天命に生き

(ヨガの起源シリーズ22)



無理

に努力せず→自然な努力をして

(ヨガの起源シリーズ23)




何となくでなく→真剣に自分の人生を歩む

(ヨガの起源シリーズ24~25)




これが、定まってきて、自然との調和が一層深まるわけです。




頭で「何かをしよう」とするのではなく、心(自然)で「何事もなす」




「頭で考える」ということは一番簡単です。




なぜなら、それが普段、多くの人がやっていることだからです。




その次に「身体で考える」という段階があります。




この「身体で考える」とは五感の力が非常に大切になります。




五感というセンサーの感度を高めていくことで、身体で考えることができるようになります。




そして、その次に「心で考える」とう段階があります。




これは、五感のセンサーの感度を上げていき、五つの五感が別々ではなく、一つに統合されたときにできるものです。




この統合とは、バランスではなく中庸です。




五感をバランスよく使うことではありません。




五感を、一つのものとして使うことが五感の中庸です。




五感は「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触運動覚」の五つがあります。




これらを、足し算や、掛け算するようなイメージではありません。




五感が中庸すると、全く別の次元のものになります。




これを言葉で説明することには限界があります。




ゆえに、ZERO YOGAというものを通して、身体感覚で理解してもらえるようにメソッドを考えてきました。




それはさておき、五感を中庸することが、心を自由自在に扱えるようになるカギとなります。




心が、自由自在に使えるとは




感情に使われることなく、

感情を使え




脳に使われることなく、

脳を使いこなせ




他人に自分の人生をゆだねず、

自分の人生の主導権をにぎれ




お金に使われず、

お金を上手に使え




すべての要素を、自分の天命のために活かすことが可能になります。




とはいえ…




完璧



完成



完全




ということにはなりえません。

(ヨガの起源シリーズ19~20参照)




完全に「悟った」ということはないわけです。




つまり、完全に「自然との調和が完成した」ということもないわけです。




しかし、一生かけて、永遠に「自然との調和」を深めつづけることが可能となります。




完璧、完成、完全…これらは人の成長を止めてしまいます。




なぜなら、宇宙の法則(真理)が変化だからです。




宇宙には止まっているものは存在しません。




時間も、エネルギーも、生命もすべて動き続けています。




海でも、山でも、昨日とまったく同じではありません。




海や山の中では、常に新たな命が芽吹き、また途絶える命もあります。




風が吹けば、木の葉はおちるでしょう。




これを止めることこそ「不自然」であり、宇宙の法則に反しているわけです。




完璧、完全、完成という思考は、驕りです。




驕りは、人の成長を止め、誤った方に向かわせます、




つまり、人間である以上「不完全」でいいわけです。




「不完全」だからこそ、希望が生まれます。




「不完全」だからこそ、可能性は無限なのです。




こうしたことに気が付けることが、自然との調和が深まり「正定」につながります。




そして、面白いのがここからです。




「正定」までくると、次はまた「正見」の戻っていきます。




そして「正思」→「正語」…と、また同じ道をたどり「正定」まで向かいます。




この無限のループこそが、無限の可能性を生み出す源泉です。




ただし、一度目のループと二度目のループは違います。




同じ「正見」でも、より深い、より自然な物事の観方ができるようになっています。




こうして、自身の成長を感じることもできます。




永遠に終わりのない「八正道」ですが、この叡智に気が付くと、歳を重ねていくことが楽しみで仕方なくなります。




歳を重ねるごとに、自分の成長を感じ、自然との調和がより深まりも感じ取れます。




「正定」とは、正見から正命までの結果です。




そして「正定」とは、次なる段階の「正見」ができるようになる土台でもあるわけです。




「八正道」それぞれの項目も、個別に捉えるのではなく「八正道」という、一つのものとして捉えることが必要です。




そうなることで、自身の人生というものの意味が大きく変化していくと思います。




これで、八正道の説明は終わります。




ここまで読んでいただいた皆さんありがとうございました。




ただ「八正道」は終わりましたが『ヨガの起源シリーズ』は、まだまた、まだまだ、まだまだ…つづきます(笑)




白川紘

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ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。

https://kohshirakawa.wixsite.com/zeroyoga

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