ヨガの起源シリーズ19

【完全にはなれない…けれど(前編)】




前回は「正語」についてみていきました。




「正語」とは「正しい言葉(文章)で表す」ということでした。




そして、正しさとは…




「自然」であるということ。




「自然である」とは宇宙の法則、自然の摂理に則っているということ。




それを、日本では昔から「美しい」と表現してきたわけです。




そして「正語」を語るうえで、もっとも大切なのが「正見」です。




「正見」という正しい物事のとらえ方ができて、はじめて「正思」が創られるわけです。




この「正思」が基になり「正語」「正業」といったアウトプットができるわけですから。




「正見」と「正思」さえ完璧なら、あとは自ずと「正語」「正業」などはアウトプットされます。




しかし、あくまでも”完璧なら”という条件が付きます。




しかし、人は一生かかっても完璧にはなりえません。




一生どころか永遠にです。




ただし、この捉え方はネガティブですが…(笑)




永遠に完全、完璧にはなれない。




しかし、永遠に完全、完璧に近づき続けることができるわけです!




終わりなき、際限なき成長をし続けられるということです。




この真理を理解すると、死ぬまで一生楽しめるわけです。




もう、人生に希望しかなくなります(笑)




では、ここから、なぜ永遠に完全、完璧にはなれないのかを説明したいと思います。




それは「無限と無」これが真理の一つだからです。




また、意味不明なかんじですよね…(笑)




では、説明しましょう。




「無限と無」を数学で表現すると「0(ZERO)」です。




「0」が無だということは理解できると思います。




「0」が、なぜ無限なのでしょう。




実は「0」が無であるという見方は、コインの片面しか見ていない状態とおなじです。




コインには必ず、表と裏の2面があります。




片面しかないコインがあれば見てみたいものですが、そんなものは、この次元では存在できません(笑)




コインの表にあたるのが「無」だとすると、裏にあたるのが「無限」です。




数字をつかって「0」が無限だというのを頑張って説明してみます。




喩えるならこんな感じでしょうか?




「10」という数字から「0」に近づくように数字をカウントしてみてください。




9、8.7,6、5、4、3、2、1…




この次は「0」だと思うでしょうがそうではありません。




「0」の間には「0.1」という次元があります。




さらに「0.01」「0.001」「0.0001」というように無限に続いていくわけです。




これがわかると、永遠に「0」に近づくことはできないことがわかると思います。




これが「0」の無限性です。




そして「0」を宇宙物理学で喩えると…




「ブラックホール」です。




ここからが、いいところなのですが、あまりにも長くなってしまうため今回はここで切ろうと思います。




続きは、次回へ持ち越したいと思います。




…つづく





白川紘







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