ヨガの起源シリーズ18

【美しい言葉や文字をアウトプット(正語)】






今回は、八正道の内の「正語」です。



「正見」が正しく見る

    ↓

五感を総動員し、広く深い思考で考える




「正思」が正しい思いをもつ

    ↓

頭ではなく、心をつかう。




ということでした。




そして「正見」がインプット作業




「正思」が、インプットしたものを心で加工し、アウトプットの基を創る作業




…ということでした。




ここからはアウトプット作業です。




「正語」というように「語」という言葉や文章として情報を自分の外側に発信する作業です。




ここで「正しい」とは、どういう意味なのか定義したいと思います。




「正しい」とは「自然」であるということです。




人の頭で造られた人工的なものではありません。




心によって創られた自然的なものであるということです。




自然とは、どういうことかというと…




宇宙の法則、自然の摂理に則っているということです。




これを仏教では「正」という言葉で表しているわけです。




ちなみに、日本の伝統ではこのことを「美」といっていました。




人によって造られたものは「綺麗」と表現し…




自然に創られたものをを「美」と表してきました。




この「美」こそが本当のクリエーティブというものです。




脱線ついでに「身体」が「美しい」と書いて『躾(しつけ)』と呼んだのにも意味があるわけです。




「身体」を「自然」な状態に創ること。




それが本当の『躾』だったのです。




だからこそ、ZEROYOGAでは、身体を自然な状態にすることをお伝えしています。




こうすることで、日本人に最適なメソッドを提供できるからです。




日本人には「正しい」というより「美しい」という方が浸透すると考えます。




話しを戻しましょう。




「正しい」とは「美しい」ということでした。




ということは「正語」とは、日本人的に表現すれば…




「美しく語る」ということです。




「美しい言葉」




「美しい文章」




これをアウトプットできるという課題が「正語」だといえます。




間違ってはいけないのは…




「綺麗な言葉」




「綺麗な文章」




では、いけないということです。




そして、結局そのためには、アウトプットの基になる「思い」が美しくないと駄目だということです。




そして「正思」のもとになる「見」が美しさを持っていないと駄目だと帰結するわけです。




では「正見」「正思」ができていれば、おのずと「正語」が語れるのでしょうか。




答えは、その通りです。




しかし、それは不可能だともいえます。




矛盾してますよね(笑)




でも、矛盾はしてないんです。




なぜかというと、人は「完全な正しさ」を手にすることはできないからです。




限りなく「正」に近づくことはできても、永遠に完全な「正」に至ることはありません。




これが、まさに「宇宙の法則」だからです。




よく意味が分からないですよね…(笑)




そして気になると思います。




そこで、次回はなぜ「完全な正」に至れないのかということについて触れてみたいと思います。




そして、ここにZERO YOGAの名の由来もあるりました。




白川紘



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ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。

https://kohshirakawa.wixsite.com/zeroyoga

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