ヨガの起源シリーズ12



【そもそも宗教って?】





前回は…




老荘思想というものがどういったものかを見ていきました。




そして老荘思想とは「人為的ではなく自然にある」といことが根本的な思想だということでした。




ZERO YOGAでは「為さずに成す」と表現しているわけです。




この思想をもとに…




老子は、政治や経済など大きな社会という単位で自然の大切さを伝えました。




また、荘子は、人間という個人の生き方、あり方という単位で自然の大切さを伝えました。




そして、この老子も荘子も道教の始祖のひとりとされているわけです。




そこで、せっかくなので「道教」というものを見ていきたいと思います。




老子、荘子が道教の始祖とされているわけですから「自然が理想である」ことの大切さをいわれています。




「自然が理想である」ことを「無為自然」と表現しています。




この「無為自然」がもとになった多神教宗教が道教です。




道教とは一種の宗教なんですね。




そこで道教を理解してもらうため




宗教とは本来どんなものなのか理解してもらうため




「宗教は善なのか悪なのか」という判断が正しくないことを理解してもらうため




今回は『宗教』についてのお話です。




ヨガも、古代インドの宗教から発生したものです。




そこでしっかりと宗教とは何かを考えておく必要があると考えます。




宗教の定義とは…




つまり「何をもって宗教とするのか」ということですが…




宗教学者や哲学者、宗教者によってさまざまです。




つまり定まっていないということです。




じゃあ何をもって宗教というのか、だれもが納得する宗教の定義なんてないということです。




定義すること自体、不毛な議論を呼ぶだけです。




宗教という言葉そのものが、人間によって名づけられたわけなので、そこに固執しても意味がないわけです。




原因は、時代や国、文化などにより宗教というものの種類が無数にあるからです。




また、同じ宗教でも派があります。




そして、それぞれ「自分たちの教えが正しく、他は間違っている」とされているか仕方ありません。




中には、他の宗教を認めている宗教もありますが「自分たちが一番」というところに落ちいつくと思います。




そういうわけなので、定義がさだまらないわけです。




何が宗教で、何が宗教ではないのか、それはあまり重要ではないと考えます。




なぜなら、宗教という言葉を明確にできたからといって、人々の人生が良くなるわけではありません。




重要なのは、定義ではなく「なぜ」「何のために」宗教となずけられたものが生まれたのかです。




宗教という言葉が先にあったわけではありません。




先に、基になるものがあって、名前を付けたほうが伝えるのに便利だからつけられたわけです。




そういう意味では漢字の「宗教」という字はザックリと、宗教というものを純粋に教えてくれています。




宗教の「宗」という字は「中心となるもの」「おおもと」「本家」という意味があります。




『中心となるものの教え』『おおもとの教え』といったようにとらえられます。




『おおもとの教え』とは真理であり、宇宙の法則そのものだと考えられます。




ちなみに、科学の「科」という字は「わける」「分類する」といった意味です。




真理や宇宙の法則を、分類した学問。




それを科学というわけです。




こうしてみると、少し宗教というものが観えてくるように思います。




ちなみに、真理や宇宙の法則を




東洋哲学では『天』『道』とよび




宗教では『神』『創造主』とよび




西洋哲学では『真理』とよび




科学では『宇宙の法則』などと表現しているわけです。




こう観ると



科学が宗教を否定し…



宗教が科学を否定する…



おかしなことですよね。



結局、同じものを追究しようとしているわけです。



ただそのプロセスやアプローチが違うわけです。



それなのに、互い否定しあっても、何も生まれるはずがありません。



ここでも、結局、自分たちは何をしているのか…



そういう本質を見失わないことが大切だと気づかされます。



白川 紘



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ヨガの起源シリーズをまとめてご覧になれます。

https://kohshirakawa.wixsite.com/zeroyoga

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