ヨガの起源シリーズ11


【荘子】




前回は…



『老子』の中で、「嬰児の徳」というものがしきりに説かれている…



この「嬰児の徳」が、ヨガでいう「敬虔であり謙虚」に学ぶ姿勢と同じような意味…



だから、ヨガが中国側に入ってきたとき、真っ先に共鳴したのが老荘家だった…



というお話でした。



ここで「老荘」という言葉が出てきました。



「老荘」の「老」は老子のことです。



そして「荘」は荘子のことです。



荘子(そうし)とは人物の名前です。



この荘子という人物は「道教」の始祖のひとりとされています。



生きた時代は、孔子よりも200年ほど後です。



今から約2300年ほど前ということになります。



キングダムで、秦の始皇帝が中華を統一するのが老子が死んで70年ほど後になります。



日本では神話である「古事記」「日本書記」など、神代の時代にあたります。



そしてこの荘子が著したのが『荘子(そうじ)』という経書です。



荘子の思想をひと言でいえば「あるがまま、自然が一番」ということです。



人為的に作られてものを嫌い、自然を基本する考え方です。



基本的な考え方は老子と同じです。



老子と荘子の違いは…



老子は、政治や経済などに対して自然を基本とするあり方を説いています。



それに対して



荘子は、人の人生に対して自然を基本とする生き方を説いています。



社会という広い単位で教えを説いたのが老子



1人の人間という最小の単位で教えを説いたのが荘子



このように、とらえてもらっていいと思います。



歴史学、考証学的には議論の余地があることはわかっています。



しかし…



ここでは、いかに分かりやすくするかを大事にしているため、このような表現にしています。



このように、老子と荘子は視点が違うだけで、同じく「自然の大切さ」をといているわけです。



ゆえに「老荘思想」とまとめて呼ばれているわけです。



老子も荘子も、人為的なものを忌み嫌い、自然を好むという考え方です。



これを、私は「為さずに成す」と表現しています。



ゆえに、ZERO YOGAの哲学の一つにもなっています。



身体を通して…



*押さずに押す


*立たずに立つ


*歩かずに歩く


*投げずに投げる


*動かずに動く



ということを学んでいきます。



そして…



それを日常という実践に応用して



*伝えずに伝える


*出世せずに出世する


*仕事をせずに仕事をする


*経営せずに経営する


*売らずに売る


*頼まずに頼む



というようなことを実践できるように訓練していくわけです。



一見、禅問答のような表現ですが、身体で「為さずに成す」を体験することで理解できるようになるのです。



人生、未来を切り開く「為さずに成す」とは真理にかなったものになるわけです。



白川 紘

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