ヨガの起源シリーズ2

最終更新: 2019年7月6日


【もう一つの民族】




前回は、アーリア人が大自然の力を、神の力として礼讃して「リグ・ヴェーダ」というものが生まれたというお話でした。



しかし、そこに関ったのはアーリア人だけではありませんでした。



アーリア人が、インドにやってくる前に、そこに住んでいた人々がいました。



ドラヴィダ人です。



もともとは、ドラヴィダ人が住んでいた土地に、アーリア人が入ってきたわけです。



このドラヴィダ人とアーリア人の関係の面白いところは、上手く共存して生活ができたところです。



ドラビダ人の寛容さのあらわれではないかと私は思います。



いにしえの日本人も、仏教、道教、儒教など様々なものを受け入れ融合してきました。



古代ドラヴィダ人と古代日本人は、非常に寛容な人種だったのかもしれません。



話しは、戻りますが、このドラヴィダ人たちは独自の自然崇拝的な宗教観を持っていました。



そして、その自然崇拝の宗教観からドラヴィダ武術を発達させていました。



また、アーリア人たちも自分たちの武術を持っていました。



これは、私の予想ですが、ドラヴィダ武術は野性的なものに近いと思います。



また、アーリア武術は宗教的なものが強かったように感じます。



いずれも、格闘技ではなく、武術…武道的なものではあったようです。



これら二つの武術が融合して生まれたのが「古代カラリパヤット」という武術です。



つまり、アーリア人とドラヴィダ人が一緒に生活するようになり文化が融合したことで「リグヴェーダ」と「古代カラリパヤット」が誕生したわけです。



だから、現代でも「カラリパヤット」は第二のアーユル・ヴェーダとも呼ばれているのでしょう。



しかし、現代の「格闘技カラリパヤット」は「古代カラリパヤット」とは違っています。



「古代カラリパヤット」は中世にイギリスに植民地化されたときに失われてしまいました。



現代の「格闘技カラリパヤット」は復興運動がおこり復活したわけですが、世界大会が行われるなど競技と化してしまいました。



当然、型や呼吸法などは残っていますが、本質は失われてしまっています。



何のためのカラリパヤットなのかが忘れ去られているということです。



だから私は格闘技とつけて呼んでいます。



むしろ「カラリパヤット」ともいわず「ヨガ武術」ということで「古代カラリパヤット」を現代に不易流行させました。



それがZERO YOGAの武術です。



この武術で、自然体や自然との調和の力を理解しやすくなります。



アーサナ(ポーズ)やプラーナーヤマ(呼吸法)の意味も理解しやすいと思います。



だからZERO YOGAには武術も取り入れているわけです。


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